山形家庭裁判所 昭和58年(少)830号 決定 1983年11月02日
少年 T・K(昭四三・一・一一生)
主文
少年を初等少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は、昭和五八年九月二二日午後二時ころ、山形県寒河江市○○町××番地の×所在の当時の自宅の一階六畳居間西側の押入の天井板をはずし、天井裏に顔を出して、マッチ、ライター等の炎を利用して、天井裏の状態を確認していたのであるが、上記天井裏にはごみや木屑などがあり、マッチ等の炎が引火する危険があつたのであるから、このような場合には、マッチ等の炎がごみなどに引火しないように十分注意し、燃えかすのマッチの軸木や火をつけたマッチの空箱を完全に消火し、天井裏には投棄しないようにするなど失火の危険のないような処置を講ずべき注意義務があるのに、これを怠り、マッチをともし、あるいはマッチの空箱に火をつけて明りをとつた後、燃えかすのマッチの軸木の完全な消火を確認しないまま天井裏に捨て、マッチの空箱を火のついたまま天井裏に捨てて放置した過失により、同日午後二時すぎころ、この残火から火を失して天井板等に燃え移らせ、よつて、少年の家族が現住する木造トタン葺平屋建一部二階建家屋一棟(床面積合計約二二八平方メートル)を全焼させて、これを焼燬したものである。
(法令の適用)
刑法一一六条一項
(処遇の理由)
本件非行は失火ではあるが、少年は、火のついたマッチの空箱等を天井裏に投げ捨てるなど失火の危険性の高い行為をその結果の予測を十分にすることなく行つているばかりか、親から叱責されたときの隠れ場所を天井裏に求めようとした際の非行であつて、単なる失火事件とは様相を異にする。
ところで、少年は、教員をしている両親の長男として出生し、中学二年生の三学期に、上級生からいじめられたことなどが原因で登校を拒否するようになり、中学三年生になつてからも登校拒否を繰り返し、その間昭和五七年五月から昭和五八年三月二五日までの間山形県立中央児童相談所にかかり、一時養護施設に入所したものの、対人関係がうまくいかず、間もなく右施設を逃げ出した。そして少年は、昭和五八年四月、山形県立○○高等学校○○分校に入学したものの、登校拒否を繰り返し、同年七月ころには、かつて自分をいじめた友達にいやがらせの電話をかけたり、同年八月三〇日には、当時の自宅のボイラー室に、石油入りのバケツに燃やした火をつけた紙を入れそのまま放置した結果、ボヤになつたこともあり、祖母からテレビの音声が大きいと注意されたときなどには、おどかそうと思つて畳に火をつけたらどうなるとか障子に火をつけたらどうなるかと言つたりもした。
少年は、知的に遅れ、性格面では、逃避的、強迫的傾向が顕著であり、物事に固執する傾向が強く、柔軟な適応行動がとれず、精神発達の遅滞や人格発達障害が顕著にみられるなど、その資質的な問題は深刻である。少年のこのような資質面での問題から、対人関係がうまくいかず消極的、回避的になり、少年は、登校拒否をしたり、上記のようないやがらせをしたり、親に叱責されたときは、自宅の天井裏や公園等の便所にとじ込もるなどの行動に出たものと認められ、非社会的な形での社会不適応が著しく、本件非行も上記のような少年の資質に起因するものと認められる。
少年の処遇に関しては、在宅での処遇も検討したが、上記のとおり、児童相談所等での処遇も、少年自身の対人関係での不適応から成果があがつていないし、少年の住居地における地域住民の受入れ態勢が整つておらず少年を追い詰めるおそれがあること、何よりも少年の上記の資質的な問題点が大きく、情緒障害訓練の必要が大きいことなどを考えると、在宅処遇は相当でなく、この際初等少年院に収容し、上記のような資質面での問題点を改善し、社会的適用能力の向上を図る必要がある。
なお、少年の上記のような資質面の問題点の重大さから、少年の両親の少年への対応の仕方に困難があり、従前の対応の仕方が少年にとつて適切なものではなかつたことが認められることから、少年の退院後の受入れ態勢を整えるため、少年法二四条二項を適用して山形保護観察所の長に環境調整に関する措置を行わせることとする。
よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条二項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 竹内民生)
環境調整に関する件
山形保護観察所長殿
昭和五八年一一月二日
山形家庭裁判所
裁判官 竹内民生
少年 T・K 神奈川医療少年院在院中
昭和四三年一月一一生
上記少年の環境調整の措置について、少年法二四条二項、少年審判規則三九条により、次のとおり要請します。
少年の資質面での問題の重大性、深刻さは、別添決定謄本に指摘したとおりであり、少年の両親の対応の仕方にも困難があり、従来対応の仕方が十分であつたとはいえないことから、少年の矯正教育及びそれに引き続くべき在宅処遇が成果をあげるために、環境調整に関し下記の事項を考慮し、少年と両親との間の調整を計つていただきたい。
一 少年が少年院に在院中、両親が少年との接触(面会、通話、手紙のやりとり等)を十分にとるよう指導すること。
二 両親の少年への対応の仕方(父の期待と少年の欲求との格差、少年の母への期待などを両親が認識したうえで対応することなど)を両親に指導・助言すること。
〔抗告審〕(仙台高昭五八(く)四一号 昭五八・一二・五決定)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
(抗告の趣意)
本件抗告の趣意は、少年が提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用(編略)する。
(当裁判所の判断)
関係記録を精査検討するのに、これに現われた本件非行の性質、経緯、態様、動機のほか、少年の年齢、資質、性格行状、生育歴、家庭の事情、生活環境、交友関係、保護者との関係及びその保護能力など少年の処遇に関する諸般の情状、特に、少年は現在高校一年に在学中であるが通学の意欲なく、知能指数IQ=七九(田中-ビネー個別式)であり、精神発達の遅滞、人格発達の障害が顕著で、それに伴う社会適応力の欠如という少年の資質的な問題点が本件非行を惹起する原因をなし、この点が処遇上重視されなくてはならないことは原決定説示のとおりであると思料されるのであつて、専門家による心理的、教育的指導、情緒訓練が必要不可欠であると判断されること、したがつて、保護者の監護能力だけでは必ずしも十分でなく、更に保護者と少年の親子関係の調整が必要であり、地域社会の受け入れ態勢にも問題があることなどを彼此考量すると、少年が施設での生活を嫌忌しているとしても、少年を在宅保護によつて指導育成することは困難でありまた相当ではないというべきである。してみると、この際、少年を相当期間施設に収容したうえ、専門家による十分な教育訓練を施し、精神、人格の発達を促し、社会への適応能力を涵養することが、少年の健全な育成のため必要不可欠で最も適切な措置であると判断される。そして、少年の前記資質にかんがみれば、少年を医療少年院に収容することも考慮されるのであるが、上述のとおり少年の家庭環境の調整の必要性を含めて諸般の事情を総合考察すれば、少年を初等少年院に送致する決定と同時に保護観察所長をして少年と両親との間の調整につき環境調整に関する措置を行わせることとした原裁判所の処分は首肯しえないものではなく、もとより著しく不当であるとはいえない。(なお、記録を精査しても原決定になんら事実誤認はない。)
以上の次第で、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段、少年審判規則五〇条によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 小林隆夫 小野貞夫